帰化申請を考えたことはあるでしょうか? 大多数の日本人は、おそらく一生経験しないことでしょう。

日本の国籍法では、二重国籍を期間限定でしか認めていません。帰化をすることは、もとの国籍を失うこととイコール。もちろん、他国から日本に帰化する場合も同様です。こうした状況に置かれた人は、そう多くはないでしょう。

そんな決断を下した1人が、楽天に勤め、この「楽天gateway」にも関わるセルゲイ・ポノマリョフです。彼は祖国ロシアから日本へ国籍を変えることを決め、2016年10月現在、帰化申請が通ることを心待ちにしています。

「生まれ育った国の国籍を離脱するってどんな気持ちなんだろう?」「その過程には、きっとすごい葛藤があったに違いない」「失礼なことを聞かないよう、準備しないと」……それなりの緊張感を持って臨んだ取材はしかし、小気味よいまでに裏切られる形となりました。(取材・文 澤山大輔[サムライト株式会社])

 

「帰化? ノリで決めた(笑)」

――まずは自己紹介をお願いします。

セルゲイ・ポノマリョフ(以下、セルゲイ) 本名は長いんだ、『ポノマリョフ・セルゲイ・アンドレイビッチ』。アンドレイは父親の名前、ビッチはその息子って意味。フルネームが必要になるとき以外、ほとんど使わないけどね。ホラ、ウサビッチってあるじゃん。あれも「ウサの息子」って意味なんだよ。周囲からは『セルゲイ』と呼ばれてる。

いまは楽天株式会社でWEBディレクターをやってるよ。仕事の内容はWEBの戦略・企画・情報設計から制作チーム、事業部とのやり取りまで幅広いんだけど、ボクはWEBのコミュニケーション責任者をやってます。このgateway journalも、ボクの企画から始まったものなんだ。

――どういう経緯で楽天に入社されたんですか?

セルゲイ ウラジオストクの極東連邦大学(日本名、ロシア名 Дальневосточный федеральный университет)を2008年に卒業して、最初は新卒で貿易会社に入った。中古建設機械を担当したんだけど、この分野は語らせるとものすごく長くなるから適当にカットして(笑)。

――はい(笑)。

セルゲイ 関係ないけどウラジオストクは、東京から2時間半で行ける街なんだ。ロシアの主要都市では日本に一番近い。距離はだいたい1,000キロちょい。意外と近いでしょ?

――確かに、都庁から鹿児島県庁までの直線距離は962.21kmですから、そう考えるとかなり親近感がわきますね。地図を見ても、中国と北朝鮮との国境に接し、北海道は(地図上は)目と鼻の先です。

セルゲイ それから2010年に楽天に入ったんだけど、WEBの経験がなかったから第二新卒扱いだった。WEBの仕事をどうしてもやりたかったけど、ITの専門学校に行くと学費が100万とかかかるでしょ。でも、大きな会社に新卒扱いで入れば、求めなくても全部教えてもらえる(笑)。このほうが有利だと思って。

――ある意味うまく計画されたんですね(笑)。ところでセルゲイさんは、かつてNHKのロシア語講座にも出演しておられましたね。昔から日本に縁がある方だと思うのですが、帰化することはかなり前から計画されておられたんですか?

セルゲイ いや、全然。ノリで決めた(笑)。

――え??? ノリ???

セルゲイ そう、ノリ(笑)。

――そ、そんな軽い感じなんですか……。

セルゲイ 最初はさ、「永住権どうやって取るのかな」って調べてたんだ。ボクが持っていた『人文知識国際業務』のビザは、5年ごとに更新が必要だった。翻訳や事務、語学教師をやるために必要なビザね。楽天に転職して、この先どうせずっと日本に住むつもりなんだから、5年ごとに更新するのはめんどくさい。最初に永住権の申請を検討していたんだけど、調べていくうちに帰化申請のほうが(僕にとっては)条件がゆるいことがわかったんだ。

――確かに、永住権取得の要件の一つに「原則として引き続き10年以上本邦に在留していること」があります。一方、帰化は5年の在留でいいようですね。

セルゲイ そうなんだよ。だから「なんだ、国籍変えるほうが早いじゃん」って(笑)。ま、あくまで個人的な意見ですよ。

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1日30分、申請書づくりをルーチン化した

――日本人とは全然感覚が違いますね。

セルゲイ もちろん、書類上だと国籍変更のほうがいろいろ面倒かもしれないけどね。ボクは、在留10年より在留5年が条件のほうがいいと思ったんだ。永住権取得だとさ、10年のあいだにいろいろなところを見られるんだよ、犯罪をしないかとかさ。

――セルゲイさん、10年のあいだに犯罪をしない自信がなかったんですか?

セルゲイ いやいや(笑)。でも、ゼッタイ警察のお世話にはならないようにしてたよ。ちょっとしたルール違反でも記録に残るからさ。例えば、チャリの2人乗りとかの小さな違反でもそう。そこはすっごく神経使ってた。

――そもそもの話を聞きたいんですけど、日本は二重国籍を認めていないですよね。帰化すると、ロシアの国籍を失います。ためらいはなかったですか?

セルゲイ もちろんあるよ。今でも少しはある。でもさ、国を捨てるわけじゃないでしょ? パスポートは日本だけど、生まれた国はロシア。これは事実として動かない。帰化ってのは、あくまで手続きの話じゃん。例えば賃貸の契約一つとっても、日本でのガイジンの扱いはいろいろ面倒なんだ。でも日本国籍を持っていたら、かなりラクになる。楽天という上場企業にいることも有利だしね。これから家族が増えるかもしれないし、幼稚園や学校、住宅ローンとか考えることも増える。その時、「これは帰化をしたほうが有利だな」って思ったわけ。

――なるほど、ドラマチックに「祖国を捨てて日本人になる」的なストーリーを想像しがちですが、全然軽いですね(笑)。

セルゲイ 事実として、僕の血はロシア人だからね。「国籍変更したロシア人」ってだけだよ。

――私は日本人ですが、仮にどこかの国に帰化するとなったら相当に葛藤すると思いますし、結論に踏み切れないでしょう。セルゲイさんは、もちろん葛藤はゼロではないにせよ、あまり重く捉えられてないように見えます。

セルゲイ そうだね、いちいち気にするぐらいならロシアに帰ってるよ(笑)。そういうことを気にするより、今いる場所に合わせればいいと思うんだよね。

帰化を決めたのは2015年1月。それから、どんな資料が必要か調べて、面談して、寝る前に毎日30分だけ帰化の資料作りをする時間をルーチン化した。寝る前に作文を書いて、「この書類は母親からもらわなきゃいけないな」とか調べて連絡して。ロシアは英語圏じゃないから、訳さなきゃいけない書類も多くてさ。結構たいへんだったけど、気づいたらもう終わってたよ。

――帰化をする時、周りに相談しました?

セルゲイ 全然(笑)。最初は永住権取るって話はしてたけどね、帰化をすること自体は1人で決めた。

――えっ、じゃあ親御さんにも相談せず? 結構、というかめちゃくちゃデカい話ですよね?

セルゲイ メールかチャットで相談はしたかも、でも直接会ってはいないよ。最初、妹に伝えてもらって、「準備しといて」って連絡はした。ウチは両親が離婚してるから、離婚証明書みたいなものも必要になるんで。他にも誕生証明書ってのが必要だったり。

――なるほど……周囲の反応はどうでした?

セルゲイ 自分からべらべら喋って、ミーティングの鉄板ネタにしてた(笑)。「早く帰化したいんだよねー!」って。まさか記事になるとは思ってもいなかったけどね。東京在住のロシア人たちに伝えたらすごく盛り上がって、「お前が通ったらオレも申請する」って。実際、いま友達の1人が申請を出してるんだ。周りでちょっとした帰化ブームが始まってる。

日本は『スターウォーズ』みたいだった

――これもそもそも論なんですけど、どうして日本にこだわってるんですか?

セルゲイ 初めての外国が日本だったからかな。1998年、12歳ぐらいのときに福岡に来たんです。ボクの出身はウラジオストクから車で5時間ぐらいのところにある、アルセーニエフっていう小さな街だった。

通っていた小学校の校長が、当時福岡で募集していた32カ国の子どもを招く企画に応募したら偶然通っちゃって。一週間キャンプ、一週間ホームステイしながら、市街の中心で民族衣装を着て自分の国のパフォーマンスをやるという企画だったんだ。それに当たって、初めて日本に来た。

もう、とんでもないカルチャーショックだったよ! 「まるでスターウォーズだ!」って思ったよ。ボクの住んでいた街は、ほとんど村に近いぐらいの規模。9階建ての建物が一番大きいぐらいで。だから、初めて福岡の街を見た時は心底驚いたよ。ものすごく近未来的でさ。

ちなみに、ボクの街も日本に縁があるんだ。1975年に黒澤明がオスカーを取った映画のロケ地になっててさ。

――ひょっとして『デルス・ウザーラ』?

セルゲイ そう!! 知ってる人に初めて会ったよ(笑)。街の博物館の展示物もほとんど『デルス・ウザーラ』関連で、学校でも黒澤明の話はしょっちゅう出るの。ロシア人の探検家アルセーニエフが、先住民の猟師デルス・ウザーラとシベリアの大自然で交流する映画なんだ。

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ちょっと脱線したけど、とにかく1998年に初めて訪れた日本はショッキングでさ。すごいギャップを感じた。確か2月ぐらい、ロシアからは新潟経由で来た覚えがある。当時、ロシアに住んでてもモスクワに行ったことさえなかったから余計にその衝撃は大きかったよ。

――最初にノリっておっしゃってましたけど、話を伺っていくうちにこの流れは必然なんじゃないかって思えますね。

セルゲイ 確かにね、振り返ってみたら意外と必然だったのかもしれない。日本にハメられたんだよ(笑)。黒澤明に影響されてさ。

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――よく外国語習得で一番手っ取り早いのはその国の子と付き合うことだと聞きます。日本人と付き合ったことはありますか?

セルゲイ ある! ロシアにいるときに付き合ってた(笑)。2005年ぐらいかな、ウラジオストクの大学の学生寮に住んでいて、当時3階が外国人のフロアだったんだ。日本語を話す人と会話したいと思って、ウラジオストクに留学していた日本人の子とね。でも、今はロシア人のほうが好きかも。帰化するのに矛盾してるかもしれないけど、家族をつくる上だと同じ文化を共有している人のほうがいいかもしれないね。

――今後、ずっと日本にいつづけたいですか?

セルゲイ いさせてくださーい(笑)(と、祈るようなしぐさ)。でも、日本のパスポートを得たら、もっと国際的な活動はしやすいかもしれない。ロシアのパスポートだと毎回ビザを申請しなきゃいけないけど、日本のパスポートだと必要ないことが多いんだ。

――「パスポート自由度ランキング」でも、日本は2013年時点で世界4位という話ですね

セルゲイ そう、日本のパスポートはすごく強い。ロシアのパスポートだと、3カ月前に申請して面接受けなきゃいけないとかいろいろあるんだ。それに比べると日本のパスポートはすごく便利だね。

――最後の質問です、来日されて8年ぐらいとのことですが、ロシアと日本だとどちらが住みやすいですか?

セルゲイ その質問は難しいね。違うストーリーがあったら、違う選択をしてたかもしれないし。ボクはウラジオストクの大学で日本語を専攻したんだけど、その時点で通訳や語学教師になるか、自分の会社を作るかくらいしか選択肢がなかった。持っていたスキルを考えると、日本に関わるほうが有利だったんだ。もし違うストーリーがあったら、ロシアに残ってたかもしれない。全然違う人生だったかもね。

でも、『デルス・ウザーラ』の舞台になった街に生まれたといっても、まさかそこから大人になって日本に帰化するなんて夢にも思わなかったよ。1998年当時はピカチュウが大流行してたけど、2016年のいまはポケモンGOが大流行してる。その年に30歳を迎えて、帰化して日本人になることができたら。まあちょっと強引かもしれないけど(笑)。運命を感じるよ。

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国と自分との距離感

いかがだっただろうか? 「帰化って大変だな」と思われただろうか、それとも「意外と簡単だな」と思われただろうか? 捉え方はそれぞれで構わないと思う。

あくまで個人的な見解だが、私はセルゲイのスタンスをとてもうらやましく思った。ロシアという祖国を愛し、日本という国を愛し、それでいてベタついたところがない。国と自分のあいだに好ましい距離感を持ち、同化していない。だからこそ、2つの国を同時に愛せるし、自由でいられる。

その土地を愛し、定着するための必要があるから国籍を変える。だからといって、生まれ育った国への愛まで捨てるわけではない。どこの国というわけではなく、地球に生まれた人間としてロジカルでシンプルな生き方に、羨ましさを感じるインタビューだった。